しかし、いくら将軍の生母とはいえ、側室だった女性に従一位はふさわしいものとは思えません。それにもし、母親を従 …
第2章大石内蔵助 「松の廊下」の真相とは④
年頭拝賀の儀式は国政安定のために、百年間も徳川将軍が続けてきたもの。かねてから皇室を敬(うやま)い、「公に尽 …
第2章大石内蔵助 「松の廊下」の真相とは③
その饗応役に長矩を指名した時の老中・柳沢吉保(やなぎさわよしやす)にしてみれば、「赤穂は塩で儲(もう)かって …
第2章大石内蔵助 「松の廊下」の真相とは②
よく知られているように、この事件は浅野内匠頭長矩(ながのり)が年頭拝賀の儀式で勅使饗応役(ちょくしきょうおう …
第2章大石内蔵助 「松の廊下」の真相とは①
「私(わたくし)」ではなく「公」のために働く……そういった姿勢は内蔵助個人の資質というよりも、藩祖の浅野長直 …
第2章大石内蔵助 仇討ちに込めた内蔵助の「覚悟」⑧
赤穂浪士の討ち入りは私情のためではなく、公を思う心から出た義挙であり、地方自治体 のリーダーが行なった中央政 …
第2章大石内蔵助 仇討ちに込めた内蔵助の「覚悟」⑦
大石内蔵助は討ち入りの直後、幕府大目付(おおめつけ)・仙石伯耆守久尚(せんごくほうきのかみひさなお)に「討ち …
第2章大石内蔵助 仇討ちに込めた内蔵助の「覚悟」⑥
この内蔵助の覚悟は結果として、幕府にも通じました。幕府が討ち入り後の浪士たちに切腹を命じるまで二ヶ月もかかっ …
第2章大石内蔵助 仇討ちに込めた内蔵助の「覚悟」⑤
では、内蔵助は討ち入りを通して何を訴えたかったのかー。 それは、主君の浅野内匠頭は吉良上野介に殺されたわけ …
第2章大石内蔵助 仇討ちに込めた内蔵助の「覚悟」④
そもそも吉良一人を討つだけならば、腕の立つ者が五人か六人いれば済む話。四十七人もの人数を集めて事を起こす必要 …
コメントを投稿するにはログインしてください。