第2章大石内蔵助 「松の廊下」の真相とは①

 「私(わたくし)」ではなく「公」のために働く……そういった姿勢は内蔵助個人の資質というよりも、藩祖の浅野長直(ながなお)以来、脈々と受け継がれてきた赤穂藩の武士道でありました。その思想的な背景については後ほどお話ししますが、そういう藩だったからこそ、内蔵助のような逸材(いつざい)も現われたのだと思います。

 そもそも事の発端(ほったん)となった刃傷(にんじょう)事件も、けっして浅野内匠頭の私的な恨みによるものではありません。天下のために働く武士として、その立場を私(わたくし)するような将軍や吉良上野介のやり方がどうしても許せなかった。だからこそ浅野内匠頭は松の廊下で刀を抜いたのだと私は思っています。


コメント】

では、次回は再来週、27日に更新いたします。

酷暑の折、どうぞご自愛くださいませ。