第2章大石内蔵助 仇討ちに込めた内蔵助の「覚悟」⑥

 この内蔵助の覚悟は結果として、幕府にも通じました。幕府が討ち入り後の浪士たちに切腹を命じるまで二ヶ月もかかったのが、その表われ。江戸時代の武家諸法度(ぶけしょはっと)では、役所に届けて許可を得れば、仇討ちをしても犯罪にはなりませんでした。しかし無許可でやれば、立派な犯罪。もちろん赤穂浪士は許可を得て討ったわけではありませんから、ただちに打ち首にされても文句は言えないところでした。

 ところが幕府はその処分を時間をかけて検討し、打ち首ではなく切腹という名誉ある死に方を決定しました。赤穂浪士の行動は幕府批判だったと世の人たちが理解していたからこそ、この決定を下したのです。処分の仕方によっては、ますます不満が高まることを幕府は恐れたのです。


【コメント】

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