この作品の主人公「大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)」なる人物は、もちろん大石内蔵助をモデルにしたもの。この …
カテゴリー: 熱血!日本偉人伝
第2章大石内蔵助 なぜ、内蔵助は「大星由良之助」になったのか②
その意味では、聖徳太子から信長、素行、赤穂浪士、吉田松陰と、日本の歴史には太い糸が一本通っていたのだと言える …
第2章大石内蔵助 なぜ、内蔵助は「大星由良之助」になったのか①
ところで、幕末のベストセラーになった『中朝事実』の中で、とくに山鹿素行の学問の真髄が読み取れるのは『大星伝( …
第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者⑧
そして、この山鹿素行の思想は、幕末の吉田松陰(よしだしょういん)に大きな影響を与え、さらに松陰門下の尊皇の志 …
第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者⑦
ところで、こうした素行や赤穂藩の思想の源流を遡(さかのぼ)っていくとき、織田信長(おだのぶなが)の存在を忘れ …
第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者⑥
さて、赤穂でさらに自らの学問を磨き上げた素行は、やがて代表作ともいえる大著『中朝事実(ちゅうちょうじじつ)』 …
第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者⑤
そういえば素行が江戸藩校の校長となった数年後に、こんなことがありました。 塩作りに成功した長直は、赤穂城に …
第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者④
そのとき素行が住んでいたのは、なんと大石家の隣。当然、内蔵助はその学問をじかに習うことができました。素行が赤 …
第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者③
浅野長直に見出されたのは、素行三十一歳のとき。一千石の厚遇を受けて江戸の赤穂藩校校長となりました。江戸に住む …
第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者②
わずか六歳で会津(あいづ)から江戸へ出た山鹿素行は、七歳のときに、幕府学問所の大学頭(だいがくのかみ)だった …
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