第2章大石内蔵助 「赤穂の武士道」を作った大学者⑤

 そういえば素行が江戸藩校の校長となった数年後に、こんなことがありました。

 塩作りに成功した長直は、赤穂城に天守閣を築けるだけの資金を確保。さっそく、幕府に建築の許可を求めました。前述のとおり、長直に塩作りを任(まか)せた時点で、幕府は築城を事実上、認めていましたから何の問題もなく許可が出るはずでした。

 ところが寛文元年(一六六一)、京都で大火災が発生して事情が変わります。全焼してしまった御所を再建するため、多額の資金が必要になりました。そこで幕府は、天守閣のために用意したお金をそちらに振り向けてくれないか、と長直に申し入れた。長直は、ただちに全資金を御所再建のために差し出しました。赤穂城には、ついに天守閣がそびえることがありませんでした。このときの長直の行動も、山鹿素行の学問と深く関わっていたと言えましょう(ちなみに長直は大正九年、従三位(じゅさんみ)の贈与を受けています)。


【コメント】

この続きはまた、来週金曜日に更新いたします。

8月1日(月)午前4:06~4:45 NHK総合にて「ふたりのビッグショー
三波春夫 細川たかし」が再放送されます。
初回放送は、1994年11月でした。
どうぞご覧くださいませ。