しかし、それを聞いた勝は、 「行蔵(こうぞう)(出処進退)は我にあり、毀誉褒貶(きよほうへん)は他人の言う …
第3章・勝海舟 「行蔵は我にあり」④
物事を杓子定規(しやくしじようぎ)にしか考えられない人に、国の政治を動かすことは任せられません。 「国家の …
第3章・勝海舟 「行蔵は我にあり」③
何もしないのに三年分の給料をくれるというんですから、オランダ人にとっても悪い話じゃありません。ですから、「よ …
第3章・勝海舟 「行蔵は我にあり」②
たとえば、こんなことがありました。 幕府は海軍強化のために英国の方式を取り入れましたが、オランダに注文した …
第3章・勝海舟 「行蔵は我にあり」①
勝海舟というお方が偉いと思うのは、一にも二にも国家のためを思って仕事をしていたことです。自分の手柄になるとか …
第3章・勝海舟 「恨みを残さず、徳を残せ」⑧
しかし当時の日本でも、西郷さんのように「慶喜の首を獄門台(ごくもんだい)に晒(さら)して初めて革命が成就する …
第3章・勝海舟 「恨みを残さず、徳を残せ」⑦
実はこの会食をセッティングしたのが、勝海舟でした。いろいろあったけど、過ぎたことは水に流して日本の将来のこと …
第3章・勝海舟 「恨みを残さず、徳を残せ」⑥
実は、ここでも勝海舟は手を打っていたのです。 明治維新にひととおり片が付いた後、明治天皇と徳川慶喜が会食を …
第3章・勝海舟 「恨みを残さず、徳を残せ」⑤
ところで革命というのは、どんな国の例を見ても、旧体制の指導者が殺されることで一つの節目(ふしめ)を迎えるもの …
第3章・勝海舟 「恨みを残さず、徳を残せ」④
これを受けた大久保利通が、「勝先生、分かりました」と応じて、東京遷都が実現したわけです。 「江戸を救ったの …
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