先ほども申し上げましたが、人の度肝(どぎも)を抜くような信長の過激な生き方は、時にある種の冷酷さとなって表われました。敵を叩くときは、容赦なく徹底的に叩き潰す。たとえば比叡(ひえい)山の焼き討ちでは四千人、伊勢長島(いせながしま)の一向一揆(いっこういっき)では二万人もの人間を殺しています。
しかしこれは、時代を変える大手術の一環となりました。おそらく、次の時代を見据えて動いていた信長には、宗教に名を借りて民界を惑(まど)わす手合いの存在が、断じて許せなかったのでしょう。
当時、すでに日本にはポルトガル船が来航し、キリスト教をはじめとする西洋文化が入り始めていました。ちなみにフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したのは一五四九年のこと。そのとき信長は十五歳ですから、若い頃から国際化の流れを敏感に悟っていたはずです。世の中に残っている古い足枷(あしかせ)が日本の将来にとって邪魔(じゃま)になると考えていたことは、容易に想像がつきます。キリスト教のことも勉強していた信長には、日本の宗教家たちがひどく怠慢(たいまん)に見えたのかもしれません。
「うむ。キリスト教とか言う外国の坊主は、月と星の動きや潮の流れなど、よく知っているものだ。日本の坊主どもは朝陽と夕陽の動きしか知らぬ。ましてや海の彼方(かなた)の国のことなどまるで分からぬ。それにくらべて外国の坊主は自分の命も惜(お)しまぬ精進(しょうじん)学問を持っているとは大したものじゃ」
比叡山の焼き討ちは、延暦寺(えんりゃくじ)が信長のライバル朝倉義景(あさくらよしかげ)を支援したことが直接の引き金でしたが、それだけであれほど徹底した攻撃を加えたとは思えません。やはり、考え方が古くて自分の言うことを分かろうとしない坊主たちが腹に据えかね、どうしても我慢ならなかったのだと思います。
【コメント】
ではまた、来週金曜日に更新いたします。
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