その間に内蔵助は、世の中が赤穂藩をどう見ているかということにも気を配っていました。自分たちが仇討ちを成し遂げたとき、世間はそれを是(ぜ)とするのか非(ひ)とするのか。そこで納得や共感を得られないのでは、たとえ吉良を討(う)ったとしても、討ち入りが成功したとはいえません。
そこで内蔵助を大いに勇気づけたのは、京都留守居役の小野寺十内(おのでらじゅうない)がもたらした情報でした。小野寺は数人の公卿から、「吉良上野介を討(う)ち漏(も)らした浅野内匠頭はまことに不憫(ふびん)であった」という手厚いお悔やみの言葉を聞いてきたのです。それだけではありません。小野寺は帝(みかど)のお言葉を洩れ聞くことができました。
「浅野内匠頭、思いを達せずは誠に哀れな者よ」
これで長矩様は救われた・・・・・・。内蔵助はそう思いました。機が熟したのです。
【コメント】
では、この続きはまた来週金曜日に更新いたします!