幕府軍の劣勢が明らかになってきたころ、勝さんのところには外国の公使たちが盛んに「金を貸すから使ってくれ」と申し出てきました。とくにロシアなどは、北海道を担保にすればいくらでも貸す、などと言う。でも、ここで外国から借金なんかしたら、国を売るのと同じこと。たとえ新政府軍に勝ったとしても、植民地になってしまったのでは元も子もありません。勝さんは、借金してでも勝ちたいと思っている老中たちに言いました。
「たしかに金を借りて戦えば、勝算はあります。官軍が箱根を越えて来たら、こっちのもの。海軍の総力をあげて艦砲射撃で木っ端微塵(こっぱみじん)にしてみせましょう。しかし、すでにそうい時代ではありません」
こういう大局観に立った判断が時代の流れを決定づけ、後の江戸城無血開城へとつながっていったわけです。あのとき江戸が戦場と化さなかったのも、勝海舟の政治力があったればこそ。それこそ日本の歴史に深い深い「恨み」が残ったかもしれないのです。
【コメント】
勝海舟の話は、まだまだ続きます!
ではまた、来週金曜日に更新いたします。