第1章高田屋嘉兵衛「日口の架け橋」となった大商人④

 さらに歴史を遡(さかのぼ)ってみると、北方領土問題の発端がもっと昔にあったことが分かります。千島樺太交換条約が締結される六十年ほど前に、樺太や択捉島が日本の領土だとロシアに認めさせた人物がいる。そのお方の活躍があったからこそ、後に百歩譲って樺太と千島を交換することもできたわけですね。

 どんな偉い政治家がいたのかとお思いの方もいらっしゃるでしょう。ところがこの人物、政治家でもお役人でもありません。回船業で財をなした、いわば民間人。それが北前船(きたまえぶね)の豪商として知られる、高田屋嘉兵衛(たかだやかへえ)です。このお方が、領土をめぐって勃発(ぼっぱつ)した最初の日露紛争を見事に解決いたしました。それも、幕府に頼まれてのことじゃありません。民間人であるにもかかわらず、「わしがやらずに誰がやる」とばかりに自ら火中の栗を拾う覚悟で体を張り、堂々と日本の権利を主張して筋を通したのです。

 その活躍がなければ、千島樺太交換条約もありませんでした。いや、そもそも日露和親条約の時点で、もっと不利な国境を設定されていたかもしれない。そう考えると、私は高田屋嘉兵衛という人物がなんと立派なお方だったのかと思わずにいられません。

 それでは、なぜ民間人の嘉兵衛さんが国家の外交に関わる重大事でむずかしい役割を務めることになったのか。そのお話は後ほどすることにして、まずは嘉兵衛さんの若かりし頃を振り返ってみることにいたしましょう。


【コメント】

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

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