第1章 高田屋嘉兵衛

●おことわり
各章冒頭にかかげた偉人たちの独白(セリフ)は、すべて著者の創作によるものです。

第1章 高田屋嘉兵衛

「リコルド艦長さん、お前さんは二言目には命令を聞かぬなら嘉兵衛をカムチャッカへ連れてゆくぞと言うが、よく考えてみるがいい。ここは国後(クナシリ)島、この海も日本の領土だ。日本領に入ったら、日本の国法に従うのは当たり前でござんしょう。現にわしらがカムチャッ力の町へ囚(とら)われていた時は、ロシアの国法に従い、何一つ逆らったことはなかった。こんなことが分からないようじゃお前さんはロシアのお国のお使いが出来る人じゃござんせん。わしの命は初めからお国に捧げております。いくら脅かしても、無駄だと悟らなきゃいけませんぜ」(高田屋嘉兵衛)

●「日口の架け橋」となった大商人
 人間の歴史は戦争の歴史、などと申します。悲しいことではありますが、まあ、そういう面があるのは否定できませんね。そして戦争には、必ず領土の問題がつきまとう。私は終戦後、苦しいシベリアでの抑留生活を終えてやっとの思いで帰国した後、ソ連が北方領土を取っていたと知ってびっくりしました。ソ連にいたにもかかわらず、私たちはその話を、一度も聞かされませんでした。


【コメント】

三波春夫は「高田屋嘉兵衛」が大好きだったので、自らが嘉兵衛役で主演した芝居を、昭和46年に東京・歌舞伎座、大阪・新歌舞伎座、翌年に名古屋・御園座で上演しました。タイトルは『北海に立つ男・高田屋嘉兵衛』。脚本は花登筺さんでしたが、書いて頂く前には三波から山のような資料が花登さんに渡されたそうです。

歌では、その芝居の主題歌の長編歌謡浪曲「千島を守った男・高田屋嘉兵衛」、61年「あゝ北前船」、平成2年「嘉兵衛まつり音頭」、11年「北前船の豪商 高田屋嘉兵衛さん」と4作品もあります。

“日本一の船頭さんだった”と評し、度胸の良さ、忍耐力、物の見方の確かさと行動力…すべてが好きだったようです。

そしてシベリア抑留者として、千島の問題は放っておけない事柄でした。 

「私たちがシベリアで捕虜だったとき、“俺たちは千島を取ったぜ”とは、彼らはひとっ言も私たちには言わなかった…」

最晩年になってもインタビューなどの場で語り続けていた三波のこの言葉には、どれだけの思いが籠もっていたでしょう。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。