はじめに 三波春夫

 私は今から六十有余年前、浪曲家として芸の世界に入り、その後、歌手にな りました。その道のりを振り返ってみれば、人間を語る、ということが私の仕 事であったような気がします。今の世に何が必要か、この国に何が大切かを想 いつづけ、一人の「語(かた)り部(べ)」として歌や芝居に取り組んできたつもりです。

 この本もまた、そうした気持ちから生まれたものです。

 本書のきっかけを与えてくださった渡部昇一(わたなべしょういち)先生が、以前、こんなお話を私 にしてくださいました。

「外国で生活するとき、自国の歴史を知っていて、その国の歴史を少しでも語 ることができたら、かならず尊敬を受ける。さらにその土地の言葉を話せたら 言うことはない」

 この言葉を聞いて、地方公演のステージで土地の訛(なま)りで一言話すと、お客様 がドッと湧(わ)いてくださることを思い出しました。自分の国の歴史、言葉を大切 にしなければ、どこの国でも一人前の人間には扱われないというお話には深くうなずいたものです。

 しかし、はたして今の日本では、どれだけ自国の歴史を大事にしているでし ょう。そのことを考えるたびに、私は心配でなりません。

 ある時、古代史を知りたくて、『出雲風土記(いずもふどき)』の研究書を読みました。ところが、どのページを探しても素佐之男尊(すさのおのみこと)の名が一つもありません。素佐之男尊 は古代の出雲が産んだ最大の英雄です。思わず私はその本を放り投げました。 家内はあきれて笑っていましたが、私には大きなショックでした。

 その後に見つけたのが原田常治(はらだつねじ)先生の古代史(『古代日本正史』同志社刊) と上代史(『上代日本正史』同上)です。先生は、徹底した現地取材で古代の 神々がみな実在の英雄であることを立証した方ですが、その本の中には日本を 愛し抜いた心が満ちていました。「これこそが本当の歴史だ」と感動を覚えま した。

 もとより私は歴史の専門家ではありません。しかし原田先生にならって、日 本の歴史に対する私の想いを書き記したつもりです。どうぞ最後までお読み下 さい。


【コメント】

 三波春夫著「熱血!日本偉人伝」の連載が本日からスタートしました!

 この本では、高田屋嘉兵衛、大石内蔵助、勝海舟、平清盛、二宮尊徳、児玉源太郎、織田信長と豊臣秀吉、聖徳太子、スサノオと日霊女について書かれていますので、順番にご紹介して参ります。
 本の帯には、『突如、すごい物語作家が現れた』とあります。
 “物語作家・三波春夫”の筆に、どうぞお付き合いくださいませ。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。