ロシアに着くと、嘉兵衛さんは日本の代表として堂々たる民間外交を展開しました。地元の有力者たちとの交流も深め、正月には、日本から持参した酒を振る舞って大いに喜ばれたとか。一方、辛(つら)い出来事もありました。連れていった部下が三人も命を落としたのです。彼らを葬(ほうむ)るとき、嘉兵衛さんは紋付き袴(はかま)に身を包んでお経を上げ、日本人の葬式とはこういうものだということをロシアの人々にしっかり見せたそうです。
【コメント】
日本人としての気概をしっかりと持たれた勇気に満ちた行動力と、尚且つ繊細な心配りをなされるところなどは、三波春夫が嘉兵衛さんファンだった理由だと思います。
ではまた、来週金曜日に更新いたします。