こうした苦労の甲斐(かい)あって、金次郎は十八歳の時、家を建てました。掘建て小屋のような 家だったのですが、我 …
第5章・二宮尊徳「無から有へ」の実践哲学③
実は私も十二歳の時、父に代わって村の道普請(みちぶしん)に出たことがありましたが、金次郎少年とはまるで大違い。 …
第5章・二宮尊徳「無から有へ」の実践哲学②
あの銅像の姿は、この頃に、自分の家から一里ほどの入会山(いりあいやま)に行って柴(しば)を刈り薪を切り、 それ …
第5章・二宮尊徳「無から有へ」の実践哲学①
愛らしい少年像からは意外なことに、尊徳先生は身長百八十二センチ、体重は九十四キロという堂々たる体軀の持ち主で、 …
第5章・二宮尊徳「なぜ、金次郎は薪を背負って本を読んでいたのか」③
このような学習法で、金次郎は四書五経をことごとく諳(そら)んじていたそうです。尊徳先生が単なる財政や物づくりの …
第5章・二宮尊徳「なぜ、金次郎は薪を背負って本を読んでいたのか」②
実際、金次郎は大きな声で本を読みながら歩いたので、すれ違う人がびっくりしたとか。 しかし、これは目で見て、音で …
第5章・二宮尊徳「なぜ、金次郎は薪を背負って本を読んでいたのか」①
ところで二宮金次郎について、ある時、永六輔(えいろくすけ)さんと話をしていたときに、永さんがこうおっしゃいまし …
第5章・二宮尊徳 「消えた尊徳像」⑤
この命令のために、日本全国から尊徳像が追放されたのですが、もし、このときに日本側の行政責任者が、 「それは誤解 …
第5章・二宮尊徳 「消えた尊徳像」④
この東京裁判について、のちにマッカーサーはアメリカ議会でこう証言しています。 「私の日本占領軍司令官としての最 …
第5章・二宮尊徳 「消えた尊徳像」③
あとで詳しく述べますが、江戸時代に生まれながら、二宮尊徳は今から見ても近代的、合理的な精神を持った経済人です。 …
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