先生のご苦労時代に有名な天保(てんぽう)の大飢饉がありました。静岡では米価が三倍に跳ね上がってしまったという記録が残っていますが、同じようなことが、いやそれ以上の悲惨な状態が日本各地で起きていました。大坂では天満与力(てんまよりき)の大塩平八郎(おおしおへいはちろう)が餓死する者を救おうとして、役所を襲撃して大砲を奪い、打ち壊しの先頭に立った、いわゆる大塩平八郎の乱がありました。天保八年二月から三月にかけての出来事です。
このとき先生は凶作を見越して、稗(ひえ)を植えさせることをはじめとしていろいろな対処法を指導され、超人的な活躍をされたといいます。結果を見れば、大塩と尊徳の違いは歴然としています。
農政家・尊徳の生きた学問、指導法は、机上(きじょう)の空論を並べる他の学者や指導者の追随を許しません。
尊徳先生の偉さは財政のことばかりではありません。商業活動に言及した中で薄利多売を評価しています。これも時代を先駆けた思想と申せましょう。
尊徳先生には、今の世のあらゆる職業の人がたくさん学ぶことができるのです。安政三年(一八五六年)十月二十日没、七十歳。
【コメント】
二宮尊徳さんのお話はここまでで、次回からは「児玉源太郎」さんです。
1回お休みさせて頂きまして、来月5日金曜日に更新いたします。
よろしくお願い致します。