その知らせが清盛のところへ届いたのは、すべてが終わった後でした。迷信嫌いの清盛が、黙っていられるわけがありません。すぐに馬に乗って現場へ駆けつけると、清盛は息子の重盛や行者たちを叱り飛ばしました。
「港の建造に人柱が要(い)るとは、なんたる迷信ぞ。もし障(さわ)りがあると申すなら、行者たちが神に祈り、その障りを除くべきではなかったか。おまえたちは、そのために修行をしているのではないか。それを人柱だなどと、何という愚かなことをしてくれたのだ!」
清盛は、松王丸が身を投げた海を見つめて、はらはらと涙をこぼしました。そして、その死を無駄にしないよう、こう言ったそうです。
「これよりは、石に南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)の名号(みようごう)を書き記し、それを堤防の石とせよ。さらに一切経(いっさいきょう)を石に刻(きざ)み、港の礎石としようぞ。人々よ、若き松王丸が神戸港のため、万人のため、人柱となった健気さを、永く忘れずにいてくだされや」
【コメント】
この続きはまた、来週金曜日に更新いたします。
収録時間が2時間25分のアルバム「平家物語」の中の長編歌謡浪曲『神戸を拓く清盛』に、この松王丸が人柱となった事も描かれ、本文にある清盛の言葉を三波春夫が演じています。
ご清聴頂けましたら幸いです!
今夜は、16:58~ BS-TBS「昭和歌謡ベストテンDX 三波春夫特集」をお楽しみくださいませ。