そもそも、勝さんは明治五年五月十日に海軍大輔(たいふ)を引き受ける前にも二度、新政府の要職に就(つ)くことを要請されましたが、すぐに辞表を書いています。最初は明治二年、外務大丞(たいじょう)という役職に就いてほしいと請(こ)われたときのこと。五日目に辞表を提出しました。ところが同じ年の十一月、こんどは兵部(ひょうぶ)大丞への就任を頼まれた。このときは即日、辞表を出しています。何度断わられても、そうやって次々に要職を頼みたくなるほど、勝海舟という人物は新政府にとって大切な人材だったわけです。
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この続きはまた、来週金曜日に更新いたします。
本日の産経新聞朝刊に、“三波春夫生誕100年”についての記事が掲載されております。
ご高覧くださいませ。
18日(火)はNHKラジオ第1「ラジオ深夜便」にて、午前3時台は“三波春夫作品集”、午前4時台は三波美夕紀が出演いたします。
radikoでも1週間、お聴きになれます。
お楽しみくださいませ!