しかし、乃木さんがいつまでも語り継がれ、児玉さんの業績はそれほど語られてこなかったのは、あまりにも優秀すぎると敬遠したくなる、歌や話のネタにはしづらいという人間心理が働いているのかもしれません。乃木さんのように、少し頼りないところのある人物のほうが、人々から愛されるものですね。
でも、だからといって児玉源太郎が人情のない、冷たい性格だったというわけではありません。金払いがよすぎて、部下に気前よく振る舞っていたせいもあって、いつも貧乏していたという一面があったそうです。亡くなったときには、「児玉のところは貧乏だったから」と、明治天皇が遺族に五万円の御下期金(ごかしきん)をお与えになったといいます。料理屋のツケが溜まっても、児玉源太郎という人物の面白さと立派さに免じて、女将さんが棒引きにしてあげた、という話も残っています。
そういう人ですから、部下にも大いに慕(した)われていたことでしょう。誰からも信頼される人間性がなければ、そもそも日露戦争を一人で仕切るような地位に立てるわけもありません。
しかし児玉さんは、大事なところで情に流されない強さを持っていました。私心を捨てて仕事に取り組む姿勢を貫く強さだと私は思います。
児玉さんは、決断が早いことでも有名でした。
「山県有朋は六ヶ月、寺内正毅(てらうちまさたけ)なら二年かかることを、たった二~三時間で決めてしまうのが、児玉源太郎という男だ」
と感心する人もいたというぐらいの、即断即決。指導者にはかせない資質の一つですが、これもやはり私心がないからできることだと思いますね。
もちろん、ふだんから情報収集に努め、さまざまな問題について考えを常にまとめておくことも、決断を早くするのに必要なことです。児玉さんはそういう準備はぬかりなく行なう人でした。
【コメント】
改めて読んで、児玉さんの生き方はたいへん勉強になりました…。
次回からは「織田信長と豊臣秀吉」です。
来週金曜日に更新いたします!