さて、こうして戦費調達の見通しをつけ、陸海軍の協力態勢を整えた児玉源太郎ですが、もちろんそれで仕事が終わったわけではありません。勝負はこれから。いよいよロシア軍との実戦です。
二月八日に陸軍の先進隊が仁川(じんせん)に上陸し、連合艦隊が旅順港外のロシア艦隊を奇襲して戦争が始まって以来、日本軍は各地で激戦を繰り広げていました。多数の死傷者を出しながらも、九月四日には第一軍、第二軍、第四軍が遼陽(りょうよう)を占領。さらに、十月の沙河(さが)会戦と呼ばれる攻防戦でも、苦戦しながら何とか勝利を収めます。
しかし、何度も失敗を繰り返していたのが、乃木将軍率いる第三軍による旅順攻囲戦でした。八月十九日の第一回総攻撃以来、三度にもわたって総攻撃を試みたのですが、旅順の要塞(ようさい)をどうしても陥落させることができません。
旅順港の占領は、海軍から強く要請されたものでした。すでに東洋艦隊を助けるためにバルチック艦隊がバルト海を出て極東へ向かっていました。そのバルチック艦隊が旅順港に入るまでにどうしても旅順を落としておきたかったのです。そのため第三軍は決死の肉弾攻撃を続け、その結果、六万人近くの死傷者を出してしまいました。
【コメント】
戦争は恐ろしいですね…。
本年は、本日がラストの更新です。
この1年も、お読み頂きましてありがとうございました。
次回は来年1月16日に更新いたします。
年末年始をどうぞお健やかにお過ごしくださいませ!!