しかし、この時、日本はきわめて現実的な問題を抱えていました。お金がないのです。 計算してみると、勝つためにはどうしても二十億円ほどの戦費がかかります。国家予算が十億円に満たない時代の話ですから、これは大変な負担です。
必要な費用のうちの半分は、外債で賄(まかな)うことになりました。早速、イギリスへ派遣されたのが、当時の日銀副総裁・高橋是清(たかはしこれきよ)、歴史に残る財政家です。一千万ポンドの日本国債を発行することを目的にロンドンの金融業界に働きかけましたが、当初、イギリスの市場は、日英同盟があるにもかかわらず、冷たい反応を示しました。そこで、その間に是清はアメリカ国籍のユダヤ人、ヤコブ・シフという人物に話したところ、この人が半分の五百万ポンドを引き受けてくれることになりました。これで市場に火がつき、日本の国債が広がったわけです。かくして目標の一千万ポンドは達成できました。
しかし、それでもまだまだお金は足りません。是清さんも一所懸命努力していましたが、これを何とか補うために、児玉源太郎も金策に奔走しました。肩書は総参謀長ですから、本来は現場で作戦の立案に没頭していればいいのでしょうが、戦費調達にまで自ら責任を持っていたのです。
そのさなか児玉さんが足を運んだのは、財界の重鎮である渋沢栄一(しぶさわえいいち)のところ。今でいえば、経団連の会長のような人物です。
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