第6章・児玉源太郎『「日本が勝つ」と断言した大統領』①

長州(ちょうしゅう)生まれの児玉源太郎は、戊辰(ぼしん)戦争に参加した後、西南戦争にも従軍したという根っからの軍人でした。ご先祖様をたどってみると、戦国時代の一五七八年に毛利輝元(もうり てるもと)から岩屋(いわや)城(淡路(あわじ)島)の守将を任命された児玉就英(なりひで)というお方がいらっしゃいます。やはり武将の血が流れているんですね。

その児玉源太郎、明治十八年(一八八五)には参謀本部第一局長となり、陸軍大学校長も兼任しています。さらに第四次伊藤博文内閣(一九〇〇 ~ 一九〇一)では、陸軍大臣も務めました。つまり軍人としては頂点を極めたわけです。

その元陸相が、後に日露戦争で総参謀長という現場の仕事に戻ったのは、考えれば不自然な話です。でも、このあたりが明治の人々の偉いところ。いわば、体面よりも実(じつ)を取る人事でした。しかも、時の政府はこの児玉源太郎に、満州の日本軍をそっくり預けたのです。


【コメント】

では、この続きは来週金曜日に更新いたします!