二月八日の旅順(りょうじゅん)港奇襲で戦争を始めると、児玉源太郎は伊藤博文(いとうひろぶみ)と相談して、即座に金子堅太郎(かねこけんたろう)という使者をアメリカの二十六代大統領、セオドア・ルーズベルト大統領のところへ派遣しました。戦争終結の際に、日露講和条約の仲介をお願いするためです。始めた瞬間に、終わり方を考えている。逆に言えば、終わり方まで考えることができたからこそ、開戦を決断できたのかもしれませんね。戦争というのは勝っても負けても国民に大きな負担を強(し)いるのですから、その指導者にはかくあってほしいものです。
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