さて、ある日のこと。肥後(ひご)熊本藩主細川(ほそかわ)侯の使いとして中村玄順(げんじゅん)という御典医(ごてんい)が先生を訪れました。
「遠路はるばるおいでくださったことは、貴殿の忠誠心の表れでまことに嬉しゅうございます。どうぞ内情をお話しください」
と快(こころよ)く迎えた先生に、玄順はほっと一息。
「実は、当主はすでに七十歳を越えておられて、国の政務はお世継(よつ)ぎの辰十郎様が受け持たねばなりませぬ。しかるに、藩の財政は乱れに乱れ、京・大坂の金融業者からも借り上げて十三万両の借金となっております。これを何とかしなければ大変な騒動になるやもしれませぬ。どうぞ、お助けくださりませ」
「十三万両とは由々(ゆゆ)しい金額でございますな。この二宮は小田原藩の臣で、他所様(よそさま)のお台所まで指図をすることはできませぬが、あなた様のご心情まことに気の毒に存じます。さすれば、細川家の十年間の出納簿(すいとうぼ)をお持ちいただくことはできましょうか。細かく拝見すれば必ず道は分かりましょう。申し上げておきますが、個人も国も分度(ぶんど)というものを守らねばなりません。細川家の収入が百とすれば、支出を百以下に押さえていたら今日の苦しみはないのでございます。『分を守る』と言うのは、すべてのことに通じるのでございましょう」
【コメント】
この先はどうなりますか…。
また来週金曜日に更新いたします。