第5章・二宮尊徳「あくまでも合理的、緻密」①

さて、ここで尊徳先生は書類を差し出して、開拓上の計算を藩主に説明しました。

「開墾に取り組んで一年目に米が一石取れたとします。その半分の五斗(と)は食い扶持(ぶち)に回して、残りの五斗は翌年の作業の費用と致します。私の計算では、こうして六十年間精を出したならば、米の穫れ高は実に二十四億五千四十八万石になり、田畑の広さは二千二百五十三町歩になります」

細かい計算ですね。 このような遠大な将来像を描くと同時に、しっかりと足下(あしもと)を見据えた現実的な提案もしています。それは、斗枡(ます)の統一。当時は規格が曖昧(あいまい)で、小田原藩だけでも十八種類もの斗枡が使われていました。

「これでは、年貢の納め時がくるたびに農民と役人の間で揉(も)め事が起き、領民の不満が募(つの)る ばかり。これは統一していただかないと、今後ますます混乱致します」

と進言を受けた忠真侯は、共通の斗枡を作るように申し渡しました。


【コメント】

素晴らしい!
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