第5章・二宮尊徳「補助金を断わる」②

しかし、この五年間の尽力は、小田原藩七万五千石の藩主・大久保忠真(ただざね)の耳に入りました。実は、幕閣で老中職も務めた名君は役目上、普段は江戸に詰めており、国元にはなかな か帰ることはできません。家老たちに国政を任せていたのですが、現在の栃木県二宮(にのみや)町と真岡(もおか)市内にあたる物井・横田・東沼の三村に領地四千石を持つ分家・宇津井(うつい)家の荒廃がひどい ありさま。四千石なのに年貢はわずか八百俵。これは四百石にも足りません。 忠真は、桜町陣屋(さくらまちじんや)と呼ぶこの地の復興をぜひにと、尊徳先生に頼みました。


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では、この続きはまた、来週金曜日に更新致します。
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