第5章・二宮尊徳「思わぬ仕官」③

堂々たる体格から発する声は、さぞや威厳があったことでしょう。当然、使用人たちの給金も少しは減らされたわけでしょうが、皆、不平を言いませんでした。というのは、倹約と同時に使用人たちの給金の一部を預かって、それをきちんと増やすという心配りを忘れなかったからです。尊徳流の金融機関発足の芽は、この時代から始まっていました。その時の講の名前は「五常講(ごじょうこう)」。これは、孔子(こうし)の儒学で人倫(じんりん)の道として教えている「仁義礼智心(じんぎれいちしん)」に由来する命名ですが、彼のポリシーが示されているようですね。この講は藩の中間(ちゅうげん)や若党(わかとう)、使用人と広く対象にしていましたが、大勢が喜んで集まった賑(にぎ)やかさが見えます。この時、先生二十八歳。


【コメント】

28歳!
ではでは、また来週金曜日に更新いたします。