その後、直実は神戸に寺を建てて敦盛を弔っています。自らも法然上人(ほうねんしょうにん)の弟子となって出家していますから、このときのことがよほど辛かったのでしょうね。それほどまでに強く、敦盛の気高さが彼の胸を打ったのだと思います。
それにしても、十六歳の若者がここまで心に深い奥行きを持ち、死に際(ぎわ)に立派な態度を見せたというのですから、平氏の心構えは見事なものです。清盛の人間性が一門の人々の魂のあり方となっていたのではなかったでしょうか。
私事になりますが、先年の阪神大震災のあと、神戸で戦争についての講演を依頼されたことがありました。港の復旧作業に汗を流す人々を見たとき、私の心に清盛の姿が甦(よみがえ)ってきました。
永久(とわ)に栄えよ 神戸の港
人々ここに大きく夢を懸(か)けようぞ
招く扇に 陽(ひ)の光り
【コメント】
本日で「平清盛」の章は終りです。
次回からは「二宮尊徳」です。
あの、校庭の像の「金次郎」さんはまことに偉人でした!
ではまた、来週金曜日に更新いたします。