ともあれ、初代将軍の奥さんが嫌ったぐらいですから、源氏が演じた骨肉の争いがいかにひどいものだったか分かろうというもの。だからこそ、平家の潔(いさぎよ)さがひときわ美しく見えるのかもしれません。
平家物語の中には、その美しさが見て取れる場面が数多くありますが、中でも平敦盛(あつもり)と熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)が須磨(すま)の浦で出会ったシーンです。
元歴(げんれき)元年(一 一八四)二月、義経の率いる源氏軍が一ノ谷(いちのたに)で平氏を打ち破りました。あの有名な鵯越(ひよどりごえ)の奇襲によるものです。
この戦さで一番乗りの手柄を立てた熊谷直実は、逃げる平氏を追って明石(あかし)の須磨の浦へ出ました。すると、逃げ遅れた平家の公達(きんだち)が馬にまたがって沖をゆく味方の船を追いかけようとしていた。これが当時十六歳の平敦盛でした。
【コメント】
敦盛と熊谷のこの有名なお話を描いた、三波春夫の作詩作曲による長編歌謡浪曲「須磨の浦悲曲」は、アルバム『平家物語』に収録されています。
“三波春夫公式YouTubeチャンネル”でも公開しておりますので、どうぞお楽しみください。
では、この続きは来週金曜日に更新いたします!