何百年も後に世界文化遺産に選ばれるぐらいですから、当時の外国の人たちも、あの鳥居を見ながら「日本はなんと美しい国なんだ」と感心したに違いありません。そこまで計算して厳島神社を建立した清盛は、まさに大きな「遺産」を現代にまで残してくれたと言えるでしょう。
さらに清盛は、いくつもの港を開きました。松王丸という犠牲者を出しながら造った神戸港の重要性は言うまでもありませんが、広島県呉(くれ)市の先にある音戸(おんど)の瀬戸(せと)も、清盛が開削(かいさく)したところ。ここは今も内外の船が一日に千数百隻も往来しています。これも凄(すご)い事業です。
【コメント】
次回からは、清盛の出自の話です。
5月17日金曜日に更新いたします。
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