第4章・平清盛 「国際化のシンボルだった厳島神社」①

 この貿易を通じて清盛は、さらに革命的なことをやりました。

 それは貨幣経済です。それまでの日本は物々交換の流通が主ですから、大変な苦労も不平等もありました。いまでも東京と大阪の食料品の値段は違いますが、八百年前ともなれば・・・・・・。

 日本には奈良時代に富本銭(ふほんせん)とか和同開珎(わどうかいちん)といった銭(ぜに)が作られていましたが、全国的な通貨にはなりませんでした。清盛は国内で銭を作るのではなく、宋の銭を使うことに決めました。 ここらあたりも面白い話です。

 そもそも「海の平氏」と呼ばれた伊勢(いせ)平氏は、昔から海上の権益を熟知していました。清盛の祖父・平正盛(まさもり)は、博多港を開いたお方です。 父の忠盛も海外との貿易で財をなし、 京都の三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)に千一体の仏像を寄進するほどの資力を持っていました。


【コメント】

ではまた、来週金曜日に更新いたします。
気温変化の著しい日々ですので、どうぞご自愛くださいませ!