第4章・平清盛 「「平家物語」が歪めた清盛の人物像」④

 しかし、だからといってといって伝説と史実を混同してはいけませんね。私が清盛を語りたい理由の一つがそこなんです。正しい歴史が語り継がれてほしいのです。

 清盛がどう政治家として秀れていたか。たとえば、平氏を滅ぼした後に鎌倉幕府を開いた源頼朝(みなもとのよりとも)と較(くら)べてみます。

 頼朝は鎌倉幕府を開いて天下を取りました。しかし、これは国内の諸豪族を統率するための、権力行政機関にすぎなかったと私は思います。つまり頼朝は、国の中をまとめるのに精一杯だったわけです。後年まで残るような革新的な仕事は、何一つしていません。

 それに対して清盛のほうは、まず、それまでの朝廷や公家(くげ)による政治を自由闊達(かつたつ)な民間人に開放したという点で、たいへんな革命児だったと言えます。頼朝の政権も、清盛が初めて確立した武家政権をお手本にしたものだったのです。


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