まやかしの宗教を許せなかったことからも分かるとおり、平清盛というお方は、迷信のたぐいが大嫌いな合理主義者でした。もう一つ、清盛の人となりを表わす話をご紹介しておきましょう。
清盛が推進した政策の一つが、海外との貿易。そのために、私財をなげうって神戸港を初開拓したときのことです。これは事前に予測していた以上の難工事となりました。山を崩し、石を切り出して岸を埋め立てるところまではよかったのですが、波が荒くて思うようにはかどりません。
そのとき工事を監督していたのが、清盛の長男・重盛(しげもり)です。工事が進まないことに頭を悩ませた重盛は、荒れる海を静めようと、行者(ぎょうじゃ)を呼んで祈らせた。すると行者はこんなお告(つ)げを口にしました。
【コメント】
今年初めてのブログ更新です。
改めまして、本年もよろしくお願いいたします。
神輿に矢を放ったことのある「平清盛」の話の再開です。
この続きは、また来週金曜日に更新致します。