第3章・勝海舟 「北方領土問題と勝海舟」⑧

 会談では、ロシア側からの、樺太をロシアに譲ってくれたら、カムチャツカ半島の占守島以南、二十島はすべて日本の領土として差し上げるという提案のとおりに、千島樺太交換条約として、明治八年五月七日に締結されました。榎本はその後三ヶ年余をロシア公使として活躍したのですが、この領土確定を大久保利通はたいへん喜び、三条太政大臣に出した建白書という形で国民に対して声明文を発表。

 「これよりは、北の千島列島から琉球(りゅうきゅう)・尖閣(せんかく)諸島に至るまで南北に長大な国土を確保して悦(よろこ)びに耐えぬ。今後は海の権益に意を用いて我々は努力をしよう」

 と、さながら現代の領海海域二百カイリ時代を予見するように示したのです。さらに言うならば明治八年から、昭和の敗戦まで数えて七十年間、この条約は生きていました。にもかかわらず、ロシアの不法侵犯です。


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