勝と黒田の、このあたりの会話を、私は一編のドラマとして次のように書いてみました。時は明治六年十一月初旬。場所は元赤坂(もとあかさか)・氷川(ひかわ)町の勝家奥座敷です。
「勝先生、私は三年前から北海道開拓使次を仰(おお)せつかっておりますが、何としてもむずかしいのは樺太です。私が見るかぎり、樺太はロシアのものとして、その代わり千島列島を日本の領土とするのがいちばんいいと思います。もともとロシア人は、島に住むテンやラッコの毛皮が目的で南下してきましたが、日本人は魚や昆布(こんぶ)などの海産資源を求めているわけですから、折り合いはつくでしょう。そのあたりのことは、榎本さんとも、いろいろな角度から論議しております」
「うむ。釜次郎(かまじろう)(榎本の通称)のことは、黒田さんにどれほど頭を下げても礼を尽くせねぇ。箱館であんな騒ぎを起こして、本来なら首を斬られるのが当たり前のところを、お前さんに助けられて、たった二年の牢屋暮らしで無罪放免。夢じゃないかと思いやしたぜ。釜次郎を迎えに行ったとき、あたしゃ思わず泣きやした」
「あのときは、『同じ日本人同士が、これ以上殺し合ってはいかん』と、先生に一筆書いていただきました。そんとき私は、誰がなんと言おうと榎本さんは殺してはならん、それがお国への忠義だと思いました。長州の桂(かつら)小五郎(こごろう)=木戸孝允)さんは顔を真っ赤にして怒っておられましたが、西郷さんは黙って私に預けてくれました」
【コメント】
人物それぞれの詳細に明るく、歴史が腹に入っていなければ書けない創作会話。
まだまだ続きます。お楽しみください。
ではまた、来週金曜日に更新いたします!