第3章・勝海舟 「行蔵は我にあり」⑦

 海軍大輔を引き受けたのは、もともと自分が幕府海軍の総裁を務めていたという責任感によるものでしょう。明治五年というのは明治天皇の西国巡幸が始まった年ですが、この年、初めて艦隊を連ねて横浜港に入って来るロシア軍艦に、天皇が行幸されることが決まっていました。これが海軍大輔を引き受けた理由の一つ。陛下のお側(そば)について海軍のことをきちんとご説明申し上げられるのは日本海軍の創設者たる自分しかいない、という思いがあったに違いありません。


【コメント】

勝海舟のお話はまだ続きます。

また来週、金曜日に更新致します!