それからおよそ二ヶ月後の三月十日、日本軍は十日間におよぶ奉天の大会戦で大勝利を収めました。児玉さんが「よし、ここで戦争を終わりにしよう」と考えたのは、このときです。
なにしろ、天下分け目の戦さを制したとはいえ、日本軍も夥(おびただ)しい数の死傷者を出していました。弾薬も底を突きかけている。そのため、奉天は占領したものの、ロシア軍の退路を断つ包囲作戦は失敗していました。もはや、そこまでの余裕はなくなっていたのです。
ならば、優位に立った今こそが講和のチャンス。児玉さんが開戦時からじっと見計らっていた「終わり時」が訪れたわけです。
ところが大本営のほうは、児玉さんの思いをよそに、ちっとも終戦の工作に動こうとしません。児玉さんには見えていた「潮時」が、国内の幹部には少しも見えていなかったのです。現地の苦労も知らず、戦勝気分に浮かれていたんでしょうね。
ここで児玉将軍、またまた激怒しました。やっとの思いでここまで戦争を進めてきたのに、ここで終わらせないとは何事か。
すぐにでも帰国して怒鳴りつけたいところですが、勝手に現場を離れるわけにもいきません。正式な召還命令を受けないと、いくら児玉源太郎といえども動けないのが軍規です。そこで児玉さんは大山総司令官に頼んで、山県有朋元師(やまがたありともげんすい)に電報を打ってもらいました。
【コメント】
兵士は血と泥の中で戦う。リーダー達には血も泥も付かない。
戦場を駆け巡った三波春夫の言葉です。
これを直に聞いているので、大本営の人々には本当に腹が立ちます。
と、私が怒ってもなんの役にも立ちませんが…。
ではまた、来週金曜日に更新いたします!