第5章・二宮尊徳「無から有へ」の実践哲学③

実は私も十二歳の時、父に代わって村の道普請(みちぶしん)に出たことがありましたが、金次郎少年とはまるで大違い。 伯父さんに言われるままに砂利を運んだりして、お昼休みにはお菓子をたくさん貰ってボリボリ、その挙(あ)げ句(く)「佐渡(さど)おけさ」を唄って拍手を受けた、という具合。お恥ずかしいかぎりです。

金次郎少年は夜半まで勉強するために、行灯(あんどん)の油も自分で作りました。 その折、わずかな 菜種(なたね)でも蒔(ま)けばかなりの量の油を得られたことにヒントを掴(つか)んで、わずかな土地に種籾(たねもみ)を蒔き、ついに一俵の米を収穫することができました。無から有へ。少年はしみじみと天地の恩恵を感じたことでしょう。ここから実践的哲学が発芽していったのだと思います。


【コメント】

三波春夫は子供時代から歌や浪曲を歌い語って皆さんに喜ばれて、「自分が歌うと、みんなが笑顔になってくれる。歌はいいなぁ」と思ったのが歌手になる原点でした。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。