あの銅像の姿は、この頃に、自分の家から一里ほどの入会山(いりあいやま)に行って柴(しば)を刈り薪を切り、 それを背負って二里ほど歩いて小田原の城下町へ売りに行く日々を描いています。
そのころのエピソードとして、こんな話が残っています。 酒匂川というのは富士山を源と しているのですが、毎年のように氾濫(はんらん)があり、周辺の村々では義務として手弁当で「川除(かわよ)け」(堤防工事)をやらなければなりませんでした。金次郎少年は父に代わって出たけれど、 大人たちと同じような仕事はできません。こんなことでは父が恥をかくことになると、夜半までかかって草鞋(わらじ)を作って持って行き、村名主(むらなぬし)に、
「私は子どもで一人前のお役に立ちませんが、せめてこの草鞋を履(は)いてください。明日も作 ってまいります」
この金次郎に感動しない村人はいなかったでしょう。
【コメント】
新年最初のブログをお読み頂き、ありがとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
勤勉なる日本人の象徴、金次郎さんのお話はまだまだ続きます。
また来週金曜日に更新いたします!