第4章・平清盛 「天皇の落とし胤(だね)」② 

 清盛の出生の真実を知れば、天皇家との婚姻政策が納得できます。表向きは平忠盛の子ということになっていますが、実は清盛は歴代天皇の中でも群を抜く名天子、第七十二代白河(しらかわ)天皇の落とし胤(だね)なのです。

 白河天皇には多くの側室がいましたが、中でも美女として名高いのは祇園 女御(ぎおんにょうご)というお方。この女性は十七歳のときから白河天皇の寵愛(ちょうあい)を受けていたのですが、子どもができません。法皇となった白河様の子を宿したのは、祇園女御の妹でした。白河法皇はこの女性を、側近として重用していた忠盛に妻として賜(たまわ)りました。今の時代では考えられないことですが、当時、法皇がこうして女性を臣下に賜るというのは、たいへんな名誉です。

 「忠盛、お腹の子を頼むぞ」

 白河法皇は、忠盛に言いました。

 「生まれた子が女子ならば朕(ちん)が引き取るが、男子ならばそちの世継(よつ)ぎとしてくれ」


【コメント】

ご存知の方も多いこのお話。
この続きはまた来週金曜日に更新致します!