しかし、その狼藉(ろうぜき)を「絶対に許すまい」と立ち上がった政治家がいました。久安(きゅうあん)三年(一一四七)の六月十五日、それまで誰も楯突(たてつ)けなかった延暦寺の神輿に向かって、敢然と矢を放った男。それが後の太政大臣(だじようだいじん)、平清盛だったのです。当時、都を守る検非違使尉(けびいしのじょう)、今の警視総監だった清盛にとっては、この壮挙がいわば中央政界へのデビューとなりました。
この日付を私がよく記憶しているのにはわけがあります。というのも私が三波春夫としてデビューしたのも六月十五日だったからです。恐縮です。偶然とはいえ、尊敬する人物と同じ日にデビューしたのかと思うと、何となく嬉しくなるもので……。
そんなことはともかく、時の天皇さえ忸怩(じくじ)たる思いを抱えながらも歯向かえなかった比叡山の神輿を弓矢で射たのですから、清盛の勇気は天晴(あっぱ)れとしか言いようがありません。宗教を名乗りながら、邪欲に駆(か)られて人々を苦しめていた僧兵たちのことを、ずっと苦々しく思っていたのでしょう。
【コメント】
この続きはまた、来週金曜日に更新いたします。
今夜19時からは、BSテレ東『徳光和夫の名曲にっぽん 長編ドラマチック歌謡 後編』でお楽しみください!!