第3章・勝海舟 「北方領土問題と勝海舟」②

 江戸城無血開城の直後、四月十五日に榎本武揚が七隻の軍艦を率(ひき)いて品川(しながわ)から箱館へ向かったとき、海軍総裁であった勝は特別船を仕立ててその後を追って、千葉の館山(たてやま)湾で追いつき、榎本を説得して七隻のうち四隻だけは官軍に差し出させました。その後榎本は、三隻の軍艦を率いて箱館に向かい、北海道共和国の樹立を叫んで新政府軍と戦ったわけです。

 降伏後、本来なら死罪になって当然の榎本武揚を助けたのは、新政府軍の参謀(指揮者)だった薩摩の黒田清隆(くろだきよたか)でした。それから七年後、榎本は死罪になるどころか、ロシアとの領土交渉で全権代表を務めるまでになり、そして第一次伊藤内閣では逓信(ていしん)大臣も務めたのですから、凄(すご)い才能の人物だったのは間違いありません。しかし、その大器を見事に使いこなせたのは、やはり勝、黒田という二人の人物がいたからでしょう。黒田は第二代の総理大臣になった人です。


【コメント】

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